僕が中3になり、進路はお姉さんが通っている超進学校に決めました。
お姉さんは
「東大と京大のどちらにするかを決めなければならないけど、今の学力では東大はギリギリかもしれない」
と言っていました。
依然としてご近所ではお姉さんは落ちこぼれ扱いでした。
夏は相変わらず裸に近いような姿で出歩くし、冬でも背中が大きく割れて肌が見えるような服などを着ていたので、あるおばさんなどは
「あの子も段々バカっぽくなってきたわね」
と言っていました。
お姉さんと同い歳の女の子がいる家では
「小中学校では秀才だったのに、有名校に入ってからは色気ばかりで勉強はダメになったみたいね」
と母親が言っているということを聞きました。
理容室のおじさんなどは
「勉強ばかりして頭の中がいっぱいになって、何も入らなくなったから、オッパイにどんどん栄養が入っている」
と言いながら他のおじさん達と
「あの子はいい体してるなぁ」
と言っていました。
そのいい体を楽しんでいるのは俺だ!と自慢したかったのですが、そんなことは言えません。
それにおばさん、おじさんは誰もがお姉さんの悪口を言ってから
「うちの子ももう(お姉さんを)抜いている」
などと言うので、お前らのバカ息子やバカ娘とお姉さんは月とすっぽんくらい違うんだぞと言ってやりたかったのですが、お姉さんからは堅く止められていました。
お姉さんのお父さんは地方公務員でしたが、ユニークなおじさんで、お姉さんがタンクトップをノーブラで着ていると
「おい、●子、ポロリのサービスして」
と言ったり、
「プロダクションのオーディションを受けてグラビアアイドルになれ」
と言うような人でした。
そんな人なのに趣味は華道です。
お母さんは近所のおばさんから
「●子ちゃん、色っぽくなったわね」
と言われたときに
「うちの娘は男遊びばかりしてるからね」
と切り返すような人でした。
趣味は格闘技観戦です。
僕の両親もお姉さんがHな格好をしていても、特に気にしないようで、父などは
「娘がいたら、ああいうふうに育てたい」
と言っていました。
母も僕がお姉さんの指導で成績をアップさせたことに感謝していて、
「●子ちゃんがXの彼女だったらいいけど、歳がねぇ」
と言っていました。
まさか母に僕達はセックスフレンドですなどとは言えません。
こうして夏休みも受験勉強とセックスで過ぎて行き、僕は学年でもトップになって、超進学校の合格は間違いないといわれていました。
お姉さんは京大に受験校を決め、私立は慶応と同志社を受けると言っていました。
東大はやや危険性があるため避けて、確実性で京大を選び、私立大学は勉強したい分野に権威クラスの教授がいるからという理由で選んだそうです。
秋になり、冬になっても僕達のセックスのペースは変わらず、お姉さんは私立大学の受験の前日も僕とセックスをしているくらい余裕がありました。
センター試験、私立大学の受験、京大二次とお姉さんは順調に進み、僕も高校受験を終えました。
結果は2人とも志望校に合格していました。
お姉さんは春から京都に住むのです。
ということは僕はお姉さんと会えなくなる。
そのことにようやく気づいて、僕は大きなショックを受けました。
お姉さんは1人暮らしを始めたら、絶対に男子学生が狙うだろうと思ったのです。
そのときも僕は自分自身の気持ちに気づきませんでした。
僕はお姉さんから電話番号を聞いていましたが、家から京都に頻繁に電話すると両親にヘンに思われそうなので、勉強に関する質問をするくらいにしておかなければなりませんでした。
でも父は何か気づいていたみたいで、
「●子ちゃんがいないと寂しいなぁ」
と言いながら僕の肩に手を置いて
「おまえにとっては忘れられない女性かな」
と笑うのです。
僕は
「えっ」
と言ったまま、言葉を続けることができませんでした。
「あれだけお世話になったんだからなぁ」
という父の言葉は単に勉強の面倒をみてもらったという意味だけではないように聞こえましたが、さすがに僕はその真意を尋ねることはできませんでした。
僕は急にセックスができなくなり、お姉さんを思い出しながらオナニーにふけるほかありませんでした。
お姉さんがブンブン揺らしていたオッパイとか物凄く感じると言っていた乳首を思い出し、あそこを思い出す日々でした。
僕は高校に入ってからも成績がよく、入学直後の学力テストでは4位、中間試験では6位でした。
クラスではトップです。
数学と英語は大得意です。
ゴールデンウィークにお姉さんが帰郷しないかなと期待したけれど、お姉さんは帰ってきませんでした。
電話では勉強もしているけど、よく遊んでいるといっていたので、僕は彼氏ができて、その人に抱かれているんじゃないかとか、顔のない男性にお姉さんが犯されているような想像をするのでした。
そしてオナニーをしていまい、自己嫌悪に陥る日々でした。
僕に付き合って欲しいという女性が現れたのは6月の終わり、期末試験の準備中でした。
近くの私立女子高の1年生でした。
僕は全然知らない子だったけど、向こうは前から僕を知っていたというのです。
僕は迷いました。
夏休みになればお姉さんが帰ってきて、また楽しい日々になる。
それを考えると彼女を作っている場合ではないと思いました。
反面、お姉さんが
「Xクンも高校に入って彼女ができたら、今やってることを試してみてね。きっと気持ちいいから」
と言っていたので彼女を作ってみようかな、とも思いました。
返事は期末テスト終了まで待ってもらうことにして、僕は電話でお姉さんに古文の克服のコツを教わって、国語もほぼ完璧だという自信を身につけ、期末テストに臨みました。
結果は最高の2位で、この調子なら東大も大丈夫だとまで言われましたが、僕は担任に
「僕は京大に行きたいと思っています」
と言いました。
京大に現役合格すれば、1年間はお姉さんと大学生同士になれるからです。
僕には京都に素敵な日々が待っているように思えました。
私立女子高の子には
「お友達からスタート」
ということで交際が始まりましたが、すぐにキスしたり、セックスに持ち込むわけにはいかないので、実は戸惑ったのです。
それでお姉さんに電話で相談すると、映画に行ったり、買い物に出掛けたりしながら徐々に距離を縮めるようアドバイスされました。
最後に
「妊娠させたらダメよ」
と笑われました。
その数日後にお姉さんから封書が届きました。
何か箱が入っているようで、わくわくしながら開封すると
「祝 カップル誕生!」
と書かれた紙とコンドームが1箱入っていました。
「私が帰省するまでに彼女と使えるかな?使えなかったら私と使おうね」
というメッセージに僕は興奮しました。
「使うならお姉さんと全部使います」
と心の中で誓い
「読後償却のこと」
という指示に従ってメッセージを焼き捨てました。
しかし、僕はその翌週にコンドームを使ってしまったのです。
翌週の日曜日、午前に僕は彼女と会いました。
その日の彼女は普段と違ってボディラインを強調した服でした。
ピチTです。
意外にオッパイは大きく、それが規則正しく揺れているのに僕はムラムラしました。
もう3ヶ月近くオナニーだけの生活です。
水族館に行き、喫茶店で遅めのランチをとっていたときです。
「ねぇキスとかしたことある?」
と彼女から尋ねられたのです。
こういう場合、経験があると答えるべきか、否定しておくべきか迷いながら、僕はズルく
「★美は?」
と質問に質問で答えてしまいました。
「うん・・・ある。中3のときに」
と彼女が答えたので
「じゃあ、それ以上の経験もあったりして」
と茶化すと
「あったらXクン、いやだよね」
と言うのです。
その瞬間、これは処女じゃないな、ということと、やっても問題ないな、ということが頭の中にひらめき、僕は落ち着かなくなりました。
「いや、別に気にならないよ。だって好きな人ができればそういうこともあっていいんだし」
と大人ぶりながら、自分がやっても問題ないだろ、ということを暗に伝えました。
「実はね、1年先輩と中3の秋に1回だけ」
というので、
「好きだったのに1回なの?」
と聞きました。すると
「うん、ホントは何回か、たぶん10回くらいだと思う」
となきそうになって言うのです。
「好きな人だったんだからいいじゃない」
と言いながら
「でもその人がうらやましいな」
と言ってみました。
「僕もその人くらい好きになってもらえると嬉しいんだけどな」
「好きよ」
「じゃあ、いつか僕ともそうなるとか」
「・・・かな」
「今からでもなったりして」
この会話でそのままホテルに連れて行き、彼女とキス、セックスというふうに進みました。
コンドームは僕が持参したものを使いましたが、彼女から後で
「なぜ持ってたの?」
と聞かれました。
「友達からお守りだって言われて持たされたんだ」
とごまかしておきましたが、
「Xクン、初めてなのに、なんか凄く余裕があって、◆高校の人はそういうとこも凄いね」
と変な感心のしかたをしていました。
僕はお姉さんに電話で報告しました。
「やったね!自分で誘って初めてモノにしたんだから、記念になるね」
と笑っていました。
それがちょっと寂しくもありましたが、
「こうなったら(コンドームを)使い切るくらい頑張ります」
と言う僕に
「そうそうその意気よ」
とエールを送ってくれました。



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